2026.01.26

木力NOTE

木力NOTE ―木で未来をつくる人たちへ 第11回

第11回 木の効用研究の最前線

日本木材青壮年団体連合会(日本木青連)令和7年度会長の長谷川泰治です。私の任期も残すところ3か月となりましたが、最後まで会長コラム「木力NOTE」を書き続けていきたいと思っています。もうしばらくお付き合いいただければ嬉しいです。第11回となる今回は、木のもつ力、すなわち「木力」の一つである木の効用研究についてご紹介していきます。

「森林浴」という言葉は、いまや多くの方にとって馴染みのあるものになりました。ハイキングや登山に限らず、キャンプを楽しんだり、最近ではキャンプよりも手軽なグランピング施設を訪れたり、森の中で過ごす。そんな時間の過ごし方も、すっかり定着してきたように感じます。自然の中に身を置き、心と体が癒される。こうした体験は世代を問わず広がっており、特に都市で生活する人々にとっては、日常の疲れをリセットする大切な価値として見直されています。では、私たちはなぜ、森や木々に囲まれた空間に身を置くと、心地よさや安らぎを感じるのでしょうか。この問いに対し、千葉大学の宮崎良文名誉教授・池井晴美テニュアトラック准教授の研究グループは、科学的な視点から答えを示しています。森林浴を行った際の人の生理応答を測定する実験を通じて、森の中に入ることで人はリラックスし、ストレスが軽減されるというエビデンスが得られています。1~4)

背景には、人類の長い歴史があります。人はおよそ600万〜700万年もの間、自然の中で生活してきました。仮に産業革命を、人が本格的に人工的な環境で暮らし始めた転換点とすると、私たちは実に99.999%以上の時間を自然とともに生きてきたことになります。人間の体は、今もなお「自然の中で生きること」を前提につくられています。そのため、森に入り、木々に囲まれ、自然に触れることで、人は本来の状態へと戻り、心身がリラックスする。そうした生理的リラックス効果が起きていると考えられています。1~4)

ここまで森林浴の効果についてお話してきましたが、木材のある空間においても、森林浴と同じようなリラックス効果が得られているという実感があり、これもまた木の力の一つではないかと考えてきました。そして、その効果についても森林浴と同様に、科学的なエビデンスが得られれば、木材利用はさらに広がっていくのではないでしょうか。人間の五感のうち、生活空間に木を利用することで伝えられる感覚は、嗅覚・視覚・触覚の三つです。これらの感覚に対して木がどのような影響を与えるのか。その効用を明らかにするための研究についても、森林浴の研究と同様に、千葉大学の宮崎先生・池井先生の研究グループによって成果が積み重ねられています。

以下、この三つの感覚についての研究を簡単に紹介します。それぞれ研究論文を引用文献として示しましたので、ご興味のある方はぜひご覧ください。また、宮崎先生・池井先生の著書『木材セラピー 木のやさしさを科学する』(創元社)4)も、木の効用について大変わかりやすく解説された一冊です。私のコラムや対談も掲載されていますので、併せてご覧いただけると嬉しいです。

<『木材セラピー 木のやさしさを科学する』(創元社)>4)

まず嗅覚の実験については、ヒノキのチップ5)、ヒノキの枝葉から抽出した葉油6)、木の香りの主成分の一つであるα-ピネン7)の三つを用いて、木の香りの生理的リラックス効果を調べる研究が行われています。

<木の香りを対象とした実験の様子
(千葉大学自然セラピー学研究室提供)>

袋の中に香りを充てんし、匂い吸引装置を用いて、90秒間にわたり被験者である20代女性に嗅いでもらうという実験方法です。ヒノキのチップでは、香りを嗅ぐことで脳の前頭前野の血流量が低下するという結果が得られました5)。これは、ヒノキの香りによって脳の活動が鎮静化し、リラックス効果が生じていることを示しています。ヒノキの枝葉から抽出した葉油では、副交感神経の活動が優位になることが確認されました6)。副交感神経が優位な状態は、睡眠時やリラックスしている時であり、交感神経が優位な状態は、覚醒時や緊張している時とされています。つまり、ヒノキの葉油を嗅ぐことで、体がリラックスした状態になるということです。α-ピネンの実験でも、同様のリラックス効果が確認されています7)

<ヒノキ材チップの嗅覚刺激が脳前頭前野活動にもたらす鎮静効果5)を改変

次に視覚の実験では、大型ディスプレーに「杉・有節」「杉・無節」「グレー画像」の三つの画像を映し出し、それぞれの生理的リラックス効果を調べました8)。その結果、節の有無に関わらず、木目を見ることで脳の前頭前野活動が鎮静化し、リラックス効果が得られることがわかりました。板目を見た場合でも、縦張り、横張りのいずれにおいても同様の生理的リラックス効果が得られることから9)、木目そのものに人をリラックスさせる効果があることが示されています。なお、この実験は、日本木青連の「木づかいCO2固定量認証制度」でもお世話になった、京都大学の仲村匡司教授との共同研究です。

<杉材画像の視覚覚刺激が脳前頭前野活動にもたらす鎮静効果8)を改変

最後に触覚の実験については、手のひらで触る実験 例えば10)と、足の裏で触る実験例えば11,12)が行われています。いずれの実験でも、生理的リラックス効果が確認されています。ヒノキと大理石を用いた足裏の接触実験11)では、ヒノキへの接触によって、高い生理的リラックス効果を示しました。杉の浮造りフローリングを実際にお客様に使っていただいた際に大変好評だったことから、杉の浮造り材に足裏が接触した場合の実験12)も行われました。この足裏接触の実験は、東京原木協同組合との共同研究として行われ、私も実験の計画立案に関わりました。その結果、利用者の感覚どおり、高い生理的リラックス効果が得られることが確認されています。無垢材のフローリングを裸足で踏むと気持ちが良いという感覚が、印象だけでなく、科学的エビデンスとして得られたことは、大きな成果だと感じています。

<ヒノキへの足裏接触が脳前頭前野活動にもたらす鎮静効果11)を改変

これらの研究の一部は、私も理事を務めている東京原木協同組合、そして東京木材問屋協同組合との共同研究として、2018年から継続的に行われてきました。東京原木協同組合では、ギャンブル依存症の方や発達障がいのある子どもたちを対象に、手のひらに木材が触れた際にどのような生理応答が現れるのかを測定する実験を行っています。こうした研究を通じて、より広い領域における木材のリラックス効果の解明を進めています。ストレスに対して特に敏感な方々に対し、木の効用が科学的に示されれば、木材利用の社会的価値はさらに高まります。その意味でも、今後の研究の進展が大いに期待されています。一方、東京木材問屋協同組合では、同組合が運営する新木場の木材会館をフィールドとして、木質空間が「なぜ居心地がよいのか」を探る実験を行ってきました。木材会館の木質化された執務室や木材和机における視覚実験、会議室の大型木材会議机への触覚実験において、木のもつリラックス効果が科学的に確認されています。7階大ホール木材空間における実験も終了しており、現在、解析中です。

<千葉大学と東京原木協同組合・東京木材問屋協同組合との共同研究の歩み>

これらの研究成果は、前述したように書籍としてまとめられたほか、「木力」というブランドのもと、ポスターやクリアファイルの制作、電車広告などを通じて、広く社会へ発信されています。また、令和6年7月17日に開催された全国知事会 第8回国産木材活用プロジェクトチーム会議においては、東京木材問屋協同組合の庄司理事長と、千葉大学の池井先生がゲストスピーカーとして登壇し、「木材のリラックス効果の解明」をテーマに、木の効用研究の成果が報告されました。

<全国知事会 第8回国産木材活用プロジェクトチーム会議の講演動画>
https://www.mokuzai-tonya.jp/01study/lecture

<東京問屋協同組合で製作した木力ポスター>

このように、木の効用という木材の持つ大きな価値を示す研究は、着実に前進しています。私たち木材業界は、こうした科学的エビデンスを活用しながら、木の力をより多くの人々に伝え、木材利用のさらなる拡大につなげていきたいと考えています。

引用文献

1)     Miyazaki Y. Shinrin-yoku: The Japanese Way of Forest Bathing for Health and Relaxation. Octopus Publishing Group, London, UK, 2018, pp.192

2)     宮崎良文. Shinrin-Yoku(森林浴): 心と体を癒す自然セラピー. 創元社, 2018, pp.192.

3)     Song C, Ikei H, Miyazaki Y. Physiological Effects of Nature Therapy: A Review of the Research in Japan. Int J Environ Res Public Health. 13(8):781, 2016. https://doi.org/10.3390/ijerph13080781

4)     宮崎良文, 池井晴美. 木材セラピー: 木のやさしさを科学する. 創元社, 2022, pp.176

5)     Ikei H, Song C, Lee J et al., Comparison of the effects of olfactory stimulation by air-dried and high-temperature-fried wood chips of hinoki cypress (Chamaecyparis obtuse) on prefrontal cortex activity. J. Wood Sci. 61, 537-540, 2015. https://doi.org/10.1007/s10086-015-1495-6

6)     Ikei H, Song C, Miyazaki Y. Physiological effects of olfactory stimulation by hinoki cypress (Chamaecyparis obtuse) leaf oil. J. Physiol. Anthropol. 34, 44, 2015. https://doi.org/10.1186/s40101-015-0082-2

7)     Ikei H, Song C, Miyazaki Y. Effects of olfactory stimulation by α-pinene on autonomic nervous activity. J. Wood Sci. 62, 568-572, 2016. https://doi.org/10.1007/s10086-016-1576-1

8)     Ikei H, Nakamura M, Miyazaki Y. Physiological effects of visual stimulation using knotty and clear wood image among young women, Sustainability 12(23):9898, 2020. https://doi.org/10.3390/su12239898

9)     Nakamura M, Ikei H, Miyazaki Y. Physiological effects of visual stimulation with full-scale wall images composed of vertically and horizontally arranged wooden elements. J. Wood Sci. 65, 55, 2019. https://doi.org/10.1186/s10086-019-1834-0

10)  Ikei H, Song C, Miyazaki Y. Physiological effects of touching wood. Int. J. Environ. Res. Public Health 14(7):801, 2017. https://doi.org/10.3390/ijerph14070801

11)  Ikei H, Song C, Miyazaki Y: Physiological effects of touching the wood of hinoki cypress (Chamaecyparis obtusa) with the soles of the feet. Int. J. Environ. Res. Public Health 15(10):2135, 2018. https://doi.org/10.3390/ijerph15102135

12)  Ikei H, Song C, Miyazaki Y: Positive physiological effects of touching sugi (Cryptomeria japonica) with the sole of the feet. J. Wood Sci. 66, 29, 2020. https://doi.org/10.1186/s10086-020-01876-1

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